15年

 東日本大震災から15年が経ちました。

 50も半ばを過ぎた私(田中)のような者にとってはいまだ記憶も新しく、テレビに映し出されたあのときの光景や、直後の世の中の雰囲気をまざまざと思い出せます。しかしながら、恥ずかしい話、当時の思いや感情を持続しているかといえば、必ずしもそうではありません。脳裏に焼き付いた映像は鮮明なままなのですが、年を経るごとにそれを思い起こす機会や頻度が減り、いたたまれないほどに整理のつかなかった感情も落ち着いてきた、というか、誤解を恐れずに言うと、色褪せてきています。15年――。決して歳月という時間の流れのせいにしたくはありませんが、いつか必ず死にゆく私たち生物にとっては、やはり大きく重たい意味を持つものなのかもしれません。生き物のそんな本質を考えた時、私たちの生活が尊い犠牲の上に成り立っていることを〝語り継ぐべき″その在り方において、震災記憶は戦争記憶と同義だと悟ります。

  昨年(令和7年)の12月、留萌市において開催された北海道開発局主催のシンポジウムで、東京大学大学院情報学環 特任教授・片田敏孝先生の講演を聴講してきました。津波発生時、釜石市の小中学生約3000人が高台に無事避難するという「釜石の奇跡」と呼ばれる事績を導いた先生です。「人間というのは忘れゆくものであり、それは仕方のないこと。でもだからこそ、語り継ぐことが大事」と先生はおっしゃいます。私たち生き残った者は、感情が色褪せようと、悲しみが薄れようと、毎日の習慣のようにあのときのことを語り継ぐ使命を帯びています。持ち主のところへ未だに戻ることのない79万点もの「思い出の品」はその沈黙をもって、私の生きる意義に使命感の有無を語りかけてくるのです。

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