年が明け令和6年となりましたが、正月から「あけましておめでとうございます」の言祝ぎを唱えづらい災害や事故が立て続けに起きました。この場を借りて犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
令和6年元日午後4時10分、マグニチュード7.6、最大震度7の巨大地震が能登半島を中心とした北陸地方を襲いました。この地震により発生した津波は日本列島の西海岸ほぼ全域に到達し、激震により多くの建物が倒壊しています。テレビ画面には多数の押し潰された家屋と、鉄筋コンクリート7階建ての建物が横倒しになっている映像などが流れ、尋常ではない揺れに見舞われたことがわかります。地震における揺れの強度は、日本ではガルという加速度の単位を用います。加速度1ガルは1 cm/s2であり、これは1秒あたりに速度1 cm/sずつ増速することを意味します。地球表面における重力加速度は980.665ガル(正確には場所によって数値が異なります)ですので、地球表面上のすべての物体は地球の中心方向(遠心力等の影響のため必ずしも「中心」ではありません)に向かって1秒間に980.665 cm/s(普段見慣れたキロメートル時速に換算するとおよそ35.28km/h)ずつ増速しながら落ちるわけですが、我々は地面に支えられているため落下することはなく、いわゆるこれが地球の標準重力(G)という形であらわされます。このことを踏まえると、例えば981ガル超の揺れが鉛直下向きに作用した場合、地面や床に固定されていない物体は、たとえそれがどんなに巨大で重い物でも、宙に浮くことになります。今回の能登半島地震では石川県志賀町で2,826ガルを記録していますので、重力(G)の3倍近くの加速度が働いたわけです。ちなみに2011年の東日本大震災では宮城県栗原市で2,934ガルを観測しました。
現時点(1月5日)で令和六年能登半島地震の死者安否不明者は250人を超えています。
翌正月2日には、新千歳空港発羽田行JAL516便が羽田空港着陸直後、海上保安庁の航空機と衝突し、両機が炎上しました。旅客機の乗客乗員は奇跡的に全員無事だったものの、海上保安庁職員5名が亡くなりました。海上保安庁の航空機は能登半島地震被災地に支援物資を輸送するところだったと伝えられています。この重大インシデントが発生した原因については各機関において現在調査中ですが、海保機が今回の震災に係る業務に携わっていたということであれば、震災関連事故と言えなくもありません。ところで、災害やそれに伴う労働災害が発生した際、よく引き合いに出されるのがハインリッヒの法則です(おもに労働災害に援用されます)。【1つの重大事故・災害に至る過程には軽微な傷害を伴う29の事故等があり、さらにその背後には300ものヒヤリハットが存在する】という、アメリカの損害保険会社に勤務していたハーバート・ウィリアム・ハインリッヒが1929年の論文に掲載した1:29:300の経験則比率です。現代文明社会においては、例えば自然災害後の救助活動や支援活動、処理作業や復旧作業にしても、その行動形態は多岐にわたり、作業工程も複雑化しています。これをハインリッヒの法則に照らせば、底辺のヒヤリハットの比率300が極端に増大し、比例して重大事故も増えていくことになります。そしてもし自然災害の多重発生に直面した場合には、重大事故の可能性が相乗的に増えていくことは言うまでもありません(複合災害 | 株式会社アリヤス設計コンサルタント (ariyas.co.jp)参照)。いずれにせよ被災の大小は、飛行機のない時代には飛行機事故が無く、自動車のない時代には自動車事故が無かったように、人間の行動様式や生活様式によって大きく左右されます。もちろん人類は、その歴史の中で防災・減災に労力を払い、住居やインフラ等を常に進化させ、自らの生活環境を安全かつ快適化することに努めてきました。しかしながら文明とは、人間にもともと備わっている能力以上の力を、人間が欲するために発達してきたものです。人類の素の力を凌駕するそれら文明力が制御不能や機能不全に陥れば、人間本来の力ではどうすることもできません。哲学者の故 梅原猛 氏は、東日本大震災の原発事故に際し「文明災」という言葉を使いました。ある意味、文明を背負った人類の宿命とも言えます。そのような中、ハインリッヒの法則1:29:300の重大事故「1」を0.5、0.1、0.01と減衰させ限りなく0に近づけていくためにいま我々ができることは、過去の経験を踏まえ自己を啓蒙していくしかないのでしょう。