書評⑤

令和6年下半期の芥川賞及び直木賞受賞作を中心に、今年に入って読んだ主な本をご紹介したいと思いますが、先に私(田中)見を述べさせていただきますと、2025年本屋大賞を受賞した阿部暁子さんの『カフネ』がだんぜんお勧めです。随所にじわりとくるシーンが織り込まれミステリー要素もあります。ぜひご一読を。

伊与原新著『藍を継ぐ海』(第172回直木賞)―表題作を含めた作品のオムニバスです。著者の専門家としての見識を下地に、家族、友人、恋人が織りなすハートフルな物語が詰まった作品集です。

鈴木結生著『ゲーテはすべてを言った』(第172回芥川賞)―田中個人的には、久しぶりに昔風の重厚な芥川賞作品を読んだ気分を味わいました。著者の識見の深さがそのままミステリアスに物語を推し進めていきます。

安堂ホセ著『DTOPIA』(第172回芥川賞)―スピード感のある筆致で現代、むしろ近未来を描いています。今にはびこる人種やジェンダーといった「区別的」な世界を中性的な視点で活写していきます。

松田いりの著『ハイパーたいくつ』(第61回文藝賞)―一般に悪文とも言える独特の文体で読む人を翻弄します。癖のある文章を読み慣れない人には初めシンドイかもしれませんが、読むうちに味となり、最後は物語に引き込まれていきます。

原田昌博著『ナチズム前夜』―当時の警察資料や事件記録、同時代人の記述などを基に、平和憲法下においてナチス党がなにゆえ台頭していったのかを詳述します。民主主義が民主主義を破壊する可能性があることに著者は警鐘を鳴らします。

野村泰紀著『なぜ重力は存在するのか』―表題とは裏腹に、重力の存在理由について述べられている箇所は最後に少しだけですが、「14歳でもわかる」との帯が示すとおり、素人の私が今まで読んだ理論物理学・量子力学の本の中でもっとも親しみやすく書かれていました。

いしいしんじ著『ぶらんこ乗り』―本書は読みやすい文体で書かれてはいますが、著者の独特の感性により非常に味のある作品になっています。児童文学か、メルヘンか、ミステリか、純文学か、判然としない本作は、既成の文学のジャンルを超えているとも言えます。

千早茜著『しろがねの葉』(第168回直木賞)―物語の舞台は戦国末期の石見銀山です。時代背景等の下調べがしっかりしているのはもちろんですが、あえてそれを前面には押し出さず、人間の強さとおどろおどろしさを核に据え民俗臭を醸した作品です。

奥泉光・原武史著『天皇問答』―二人の識者による「天皇」及び「天皇制」に関する対談集です。小説家と歴史学者が繰り広げる、タブーや規制などの垣根を取り払った忌憚ない意見の応酬は、我々日本国民が歴史に意識を向けるべきことを喚起します。

宿野かほる著『ルビンの壺が割れた』―著者のデビュー作ですが、著者本人は覆面作家であり、年齢や性別などすべての情報が非公開になっています。大どんでん返しで有名になった作品ですので、ミステリー好きは必読です。

川上泰徳著『ハマスの実像』―イスラエルによりテロ組織と認定されたハマスが支配するパレスチナ自治区のガザ地区。テロ殲滅の大義のもとにイスラエルはガザ侵攻を続けますが、我々はこの問題をどこまで理解しているでしょうか。長く現地で取材を続けてきた著者が、ハマスの実像を明らかにし、このパレスチナ問題に対する我々の蒙を啓いてくれます。

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