人骨盗掘

 道外の方はあまりご存じないかもしれませんが、アイヌ人の遺骨が関係者の同意を得られないままに研究資料として持ち出される、という事案と問題が北海道では古くから存在します。

 ことの始まりは1860年代の江戸時代幕末に遡ります。当時欧米では、1859年に発表されたいわゆるダーウィンの進化論の影響によって人類学が注目を集めており、さまざまなアプローチから人類の成り立ちを研究しようという試みがなされていました。そんな中、鎖国が解かれ開港された箱館(現・函館)近郊において、イギリス領事館員らがアイヌ墓地を掘り返し遺骨を盗み去るという事件が起こったのです。欧州には旧来「極東の日本の北に白色人種に連なる民族が住んでいる」という俗説が存在しました。蝦夷地(現・北海道)を訪れ初めてアイヌ人を目にしたヨーロッパ人は、この俗説が正しかったと信じ込み、その検証のためにアイヌ人骨を求めたのでした。イギリス領事館員に先祖の遺骨を盗まれたアイヌ人たちは、蝦夷地の当時の最高機関である箱館奉行所に訴え出ます。当時の箱館奉行・小出大和守はイギリス領事らを相手取り即日裁判を開始します。治外法権下にして圧倒的な力を持つ大国イギリスを相手に、小出は法廷でどのように戦ったのか。

詳しくは、史実を基に執筆した拙著「小説『雪原に咲く』」(不破裕(本名:田中裕一(私))作)をご一読いただければと存じます。

 

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